2021年06月23日

分け入ってみると...

6月は、寄り道からスタートの途中、カラス小屋がある。そこから、もっと奥の方へ入ってみた。倒木がある場所は2回目で、何とかその場所に行けた。倒木の奥にネットが見えるが、その向こう側が自然観察園で中には入れない。もしここが雑木林だったら、出口が分からないぐらい草が生い茂り、道がだんだん分からなくなる。この辺りまで来ると心細くなる。蛇もいそうだ。まさかこんな所まで人は来ないだろうと思ったが、自然観察園のネットの向こう側に、信じられないが缶ビールが捨ててあった。

分け入る3.jpg

お酒って夜飲むなと思うと、この辺りは外灯がないので真っ暗になる。ヘッドライトを付け、独り?倒木に腰掛けビールを飲んでいる人を想像してみた。ホントのことは分からないが、ビールを飲んで投げ捨てたことよりも、コロナ禍で、孤独さを象徴しているように思えてきた。

深夜独り、酒を飲みながら本を読み出した。

ジャクソン・ポロックの作品で《ナンバー1A》は、何を表現しているのか。この世の中にカメラが登場して以来、アーチストたちは「アートしかできないことは何か」の答えを探求した。

ジャクソン・ポロックはどんな答えを見つけ、見せようとしたのか。

末永幸歩さんは『13歳からのアート思考』で面白い思考実験を行うことによって、ジャクソン・ポロック《ナンバー1A》のひとつの答えを紹介してくれた。

その思考実験とは、「窓」と「床」を5秒間ほど見る。そこで何が見えたのか。

まず「床」は、フローリングだったら木目が見えた。たかが5秒間だったが集中して見ると、今まで気付かなかったが、表面に面白い木目があった。

さて、「窓」は何が見えたのか。「床」のようにまずガラスの表面が見えたのか?おそらく、視線は透明なガラスを通りすぎ向こうにある風景を見た。そして、その風景で様々な「イメージ」を感じた。

絵画はまさにこの「窓」に似ているそうだ。私たちはその絵を通して、そこに描き込まれている「イメージ」を見ている。

ところが、ポロック《ナンバー1A》は「窓」でない。「床」に似ている。絵は絵の具とキャンパスでできている。当たり前すぎるほど当たり前だが、ポロックの答えは、絵画を「透明な窓」だと誰も疑わなかったというよりも、イメージにしか目を向けていないという事実に、気付かさせた。

つまり、ポロック《ナンバー1A》によって、アートは「なんらかのイメージを映し出すためのもの」という役割から解放させた。ポロックの「自分なりの答え」は、まさにカメラが登場して以来の命題だった「アートしかできないことは何か」という問いに対しての答えだった。

ポロック《ナンバー1A》の見え方がなんだか変わってきた。

末永幸歩著『13歳からのアート思考』の、CLASS 5 私たちの目には「なに」が見えている?--「窓」から「床」へを僕なりにまとめてみた。

posted by トモ兄 at 02:10| 東京 ☁| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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