2020年07月04日
見るんじゃなかったと思ったが....
金曜のいつもの習慣で、夕食後、かみさんとプライム・ビデオで映画を見はじめた。
『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』予告編
タイトルがとても不思議に思えたので選んだ。この映画は、いきなり、妻が運転している車の事故で妻が死に、同乗していた夫は、かすり傷程度で生き残った。
ちょっと驚いてしまったが、いきなり僕1人になってしまったように感じた。しかもこの映画は、メタファーだらけで、ほんと疲れる。昨日の睡眠時間は3時間半で、間違いなく睡魔が襲ってきて、その時は素直に従う。見るんじゃなかった。
物語は、妻(ジュリア)の死を悲しめない、主人公(ディヴィス)がいた。なぜなのか。その疑問が、原題であるDEMOLITION/デモリション(自分自身の破壊や打破)から始まり、グルーミング/GROOM(相手をケアする行為)の大切さを知り、ジュリアから一方的にケアされていた自分と、ジュリアをケアしていなかった自分自身に気付いた。
そして、ジュリアを想いながら、再生することになる。
ところが、ジュリアはもういない。
ちょと悲しすぎる、ハッピーエンドの物語。
『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』は、物語の後半にこんなシーンがある。
晴れた日に、車を運転しているとき、眩しくてサンバイザーを下ろすと、大きめの付箋が落ちてきた。
そこに書いてあったのがジュリアのメモ
If it's rainy, You won't see me,
If it's sunny, You'll Think of me.
もし、今日が雨の日ならこの付箋は見つからないわよね。
もし、今日が晴れていたらこの付箋を見つけて
私のこと考えてくれるわよね。
これが、日本語タイトルの『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』の意味らしい。
晴れた日とは、全てのことが明るみになったときのメタファーらしい。ジュリアは何を気付いて欲しかったのか。
映画のエンドロールに、
「心を込めて。デイヴィッドより」の最後の挨拶文と署名
つまり、この物語は手紙だった。
読み終わってから、君のことを想った。