2009年08月24日

小石サダヲ展

小石サダヲ展をご案内します。


案内状.jpg

会 場◎青木画廊
[平日]11:00〜19:00[日曜]12:00〜18:00 
最終日は17:00まで/会期中無休
ただし9月13日(日)は休廊
期 間◎2009年9月5日(土)〜9月18日(金)

 プライベートに案内状をつくってみました。
テーマは、未知なるものを描く画家
小石サダヲ展です。

会場は、青木画廊
東京都中央区銀座3-5-16 島田ビル2F
銀座アップルの裏アタリです。

 新たに出現した20余点の超細密画幻想世界を
お楽しみください。

 以前に書いた小石サダヲを紹介した投稿記事も
ご参考にしていただければ幸いです。

海底の記憶をもつ人、青いオーラを放つ人
http://50blog.seesaa.net/article/114962562.html
posted by トモ兄 at 16:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

『真夏のオリオン』試写会の感想_2

 試写会の翌日、なぜか矢野徹著『自殺潜水艦突撃せよ』を思いだしてしまった。この小説はうろ覚えなのですが、時は第二次大戦。海上を漂流する兵士を救う米軍救助潜水艦の物語。この潜水艦が、漂流している日本軍兵士と出会うことになる。

 戦闘能力を失った日本軍兵士は、敵である米軍に助けられることを拒否し自殺を図ろうとする。その時、米軍兵士に生きることを説得される。そのシーンはとても印象的で感動したことを覚えている。しかし、具体的な内容はこれまたうろ覚えで、

 「これからの日本をつくるのは、若い力の君たちだ。
  だから生きろ」

そんなイメージだったと思う。

 『真夏のオリオン』では、死に急ごうとする人間魚雷回天の搭乗員に、艦長は「もったいない」という言葉を使う。
生きるために戦っている、死ぬためには戦っていない。

 どんな状況においても、命は未来のために活かす。
 勇敢であって欲しいが、無駄に死に急ぐことはならない。

 『真夏のオリオン』は、朝方に東の空の低い位置で美しく輝き、吉兆といわれている。その星に、想いを寄せる人の帰還を願った。この映画はとてもロマンチックな物語ともいえるが、究極のテーマは、どう生きるかだと思う。

 なぜ、矢野徹著『自殺潜水艦突撃せよ』を思いだしたのか分からない。もしかすると、あまりにも曖昧な記憶なので、間違えて勝手に話しをつくっているかもしれない。

 しかし、そのことを承知でこの二つの物語の共通することは、生き残ったことだ。つまり、「生きろ」っていうことかな?破壊から再生へ。多くの犠牲の上に成り立っている世界。新たな未来の建設は、生き残った人たちに託されている。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 
 そんな感じ方もあると思うが、
映画はエンターテイメントだ。潜水艦映画の独特の息苦しさがあった。陸上でのシーンでは大きく深呼吸をしてしまった。空気は何よりのご馳走だと思ったが、カレーライスも美味しそうだった。ハーモニカはいろんな使い方があるものだ。吉田栄作の演技力に感心した。最後にとった起死回生の作戦。潜水艦映画は、とても狭い閉ざされたシステムの人間ドラマだ。
『真夏のオリオン』は、面白かった。

posted by トモ兄 at 02:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

『真夏のオリオン』試写会の感想

 ある邦画に、あまりにも期待をかけすぎたことがあった。結果は裏切られた。だから、『真夏のオリオン』は、過大な期待を抱かないようにと思った。ところが、今度はいい意味で裏切られた。『真夏のオリオン』はとても面白かった。大袈裟な感動はなかったが、妻もいい映画だったねといった。

 タイトルの 『真夏のオリオン』は、この映画のコンセプトだと思った。テーマは(解決しなければならない問題)、どんな状況にあっても生きるための希望や努力だ。映画では、海上と海中で命を賭けた、知力と体力の限りをつくした戦いが展開される。
そして、『真夏のオリオン』は、ある方向性を指し示す。

 『真夏のオリオン』とは、ある女性が想いを寄せている潜水艦イ-77艦長・倉本孝行のために自作の楽譜をお守りとして手渡したもの。この楽譜は、どんな状況にあっても生きるための希望や努力へと導くことになる。それだけではない、敵味方や時間をも超越することになる。

 印象的だったセリフがあった。米海軍駆逐艦艦長が、
潜水艦イ-77を
アイダブルラッキーセブンと読む(と聞こえた)。
つまり、愛(アイ)と幸運に抱かれた潜水艦。
素晴らしいネーミングです。
 
 『真夏のオリオン』はいろんな楽しみ方があると思います。
ある女性の想いが、時代を超越して現代に浮上します。

 僕たちも、希望への作戦をはじめよう(^_^)/
posted by トモ兄 at 08:04| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

『真夏のオリオン』試写会の予告編

オリオン.jpg

 映画試写会のチケットが当たったらしい。ありがたく、カミさんと明日見に行きます。

 そこで、事前にネットで『真夏のオリオン』を調べてみることにしました。
http://www.manatsu-orion.com/index.html

ただし、少しだけであとは勝手に想像してみます。そうするとまた違った意味で面白くみれます。まずは映画のタイトルです。

 『真夏のオリオン』
たぶん、オリオン星座だと思うのですが、一般的に冬の星座です。なぜ「真夏」なのでしょうか?ストーリーに関係あるのでしょうか。

 ちょっと気になったコピーがあります。

 死に向かうための武器を、
 生へ向かうための手段として撃ち放つ。

 何となく、時代背景といい潜水艦の映画なので分かるような気がします。なかなか重いです。

 映画『真夏のオリオン』は、日本海軍イ-58潜水艦長、橋本以行氏をモデルとした物語。時代背景は、第二次大戦末期。戦局は悪化を極め、日本本土決戦「一億玉砕」へ向かっていた。日本の連合艦隊はすでになく、本土決戦を阻止できるのは米国の海上交通線を遮断できる潜水艦隊のみだった。

 百年に一度の経済不況は、第二次大戦末期に似ているのでしょうか。座して死を待つことなかれ。潜水艦長が実行した最後の作戦とは。

 『真夏のオリオン』試写会のハガキには、

 日本よ浮上せよ!6.13
 艦内に残された酸素は1時間。
 彼らは、最後の作戦に出た。


今日、勝手に映画を想像してみます。
明日、最後の作戦を見てみます。

 気が向いたら、感想も書きたいと思います。

posted by トモ兄 at 11:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月11日

『パコと魔法の絵本』の感想

昨日、『パコと魔法の絵本』のDVDを見た。
この作品は想像以上、いやそれ以上に面白かった。

>『パコと魔法の絵本』のキャッチコピーは、子どもが大人に、読んであげたい物語だそうだ。

 2009年02月14日『パコと魔法の絵本』

お話には、何らかの寓意があると思うが、絵本の物語と人の物語、子供(天使)と大人、医者と病人、善意と悪意、笑いと涙、失意と希望。絵本とアニメーションと実写、劇と劇中劇などなどとにかく渾沌としている。そして、もう一つの新し物語が始まり、癒され回復へ向かう。ほんの小さなきっかけや気づくことで、誰もが自分自身を回復させる力を持っている。

 こんなセリフがあります。

「先生 涙ってのは どうしたら 止まるんだ 医者なら 教えてくれ」
「簡単ですよ いっぱい泣けば 止まります」

 気づかされた時にも涙が落ちる。その後は汗を流せばいい。

癒されたり回復へ向かったり。見事に『パコと魔法の絵本』の魔法に掛かってしまった。
問題はその後の現実であるが、考えてみれば人も物語を一生かけて組み立てている。だったら、もし魔法に掛かって回復へ向かっているのなら、そのままにしておけばいい。

 ある知り合いがいった言葉を思い出した。その人はアニメのカラー計画をしている。
「大人が観て感動するアニメーションをつくりたい」
子供のためのアニメーション制作活動の延長線上に、大人のためのアニメーションがあった。

『パコと魔法の絵本』を観ると、確かに!っと思った。
そして、もう一度観たいと思った。


  



posted by トモ兄 at 15:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月13日

トム・クルーズ主演「ワルキューレ」

 試写会の招待券が当たったので、夫婦で「ワルキューレ」を見た。「ワルキューレ」監督:ブライアン・シンガー、主演:トム・クルーズ。久しぶりにドキドキして面白かった。
 「ワルキューレ」とは、ヒトラー暗殺計画「ワルキューレ作戦」のことで、その顛末をクールに描いている。その分、死と隣り合わせの極限状況や精神状態などを、観るものに想像させる。もちろんその出発点は、「ワルキューレ」の意味にある。
 そこで、「ワルキューレ」について3つの視点で感想をまとめてみたい。

ワルキューレ.jpg


 この映画のシーンで最も印象に残ったのは、この作戦の首謀者である、シュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)が、独裁者アドロフ・ヒトラーに面会するシーン。その時のセリフで、うろ覚えだが「ワルキューレのことを知らない者は、ドイツの勇者になれない」というような趣旨を。その時のアドロフ・ヒトラーの迫力ある演技に緊張した。「ワルキューレ」の意味とは…

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posted by トモ兄 at 12:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

そんなに凝視(みつ)めるな 伊東静雄

 突然で変だと思いますが、思い出したので投稿します。
最も尊敬する、わが郷土の詩人で
伊東静雄氏の そんなに凝視(みつ)めるな をご紹介します。

 どんな解釈をすればよいか?
「集中力」と「分散力」はよい観点になるかもしれません。
そんな理由で思い立ちました。
この詩は、とても美しいです。


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そんなに凝視(みつ)めるな

そんなに凝視(みつ)めるな わかい友
自然が与える暗示は
いかにそれが光耀にみちてゐようとも
凝視(みつ)めるふかい瞳にはつひに悲しみだ
鳥の飛翔の跡を天空(そら)にさがすな 
夕陽と朝陽のなかに立ちどまるな
手にふるる野花はそれを摘み
花とみづからをささへつつ歩みを運べ
問ひはそのままに答えであり
耐える痛みもすでにひとつの睡眠(ねむり)だ
風がつたへる白い稜石(かどいし)の反射を わかい友
そんなに永く凝視(みつ)めるな
われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち
あゝ 歓びと意志も亦そこにあると知れ
 

そんなに凝視めるな 伊東静雄
詩集『夏花』の巻末におかれる

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実は僕もよく分かっていないのですが、

わかい友よ、考えすぎるな
私たちは、自然の一部でありその変化の中で育まれ
人生の喜びと想いも、そこにあると知れ

最後の三行がもっとも好きです。

posted by トモ兄 at 11:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

『パコと魔法の絵本』

なんだか面白そうです。

『パコと魔法の絵本』は2008年9月に公開。僕はちょうどその頃、「20世紀少年」を見た。残念だったが期待はずれだった。「20世紀少年」は久々に見た邦画で、あまりにも期待が大きすぎた。
『パコと魔法の絵本』は、DVDで見ることになる。
自分の中で、もう癒し系は飽きてしまって、これからは叱咤激励だ。こんな時代だからこそ元気だと思う。しかし、ここまで時代が病んだりすると…
『パコと魔法の絵本』のキャッチコピーは、『パコと魔法の絵本』は、子どもが大人に、読んであげたい物語だそうだ。
さて、時代の病に感染している僕らが、病人達の物語を見て多少でも回復するだろうか?
しかし、治療されるなんて望んでいないが、魔法に罹るのか掛かるかは期待してみたい。



DVD『パコと魔法の絵本』2009年3月6日発売
天使のような女の子のために、
本当の天使になろうとした大人たちのメリーゴーランドストーリー♪


舞台はちょっと変わった人たちが集まっている、とある病院。中でもわがまま放題のクソジジイ・大貫は病院中の嫌われ者。そんな大貫がある日パコという名の女の子と出会います。パコは同じ絵本を毎日楽しそうに読んでる女の子。ところが、大貫はそんな天使のような女の子まで自分の勘違いでぶってしまいます。でも、翌日になるとパコはケロっとした顔でまた大貫に近づいてきます。実はパコは記憶が1日しかもたない女の子だったのです。だから、大貫にぶたれたことも忘れてたのです。それを知った大貫はさすがに反省し、パコに誤ろうとそのほっぺに触れた時、驚くべきことが起こります。
「おじさん、昨日もパコのほっぺに触ったよね?」
昨日のことを覚えていないはずのパコが大貫のことを覚えていたのです。しかも、触ったんじゃなくて、ぶったというのに。そこから大貫は自分の人生を反省し、パコのために何かしてあげられないかと思い始め、あることを思いつきます。それは、病院のみんなでパコが読んでる絵本のお芝居をしてあげること。そして、いよいよワクワクドキドキのお芝居が始まりますが、実はそこにはある運命が回り始めてるのでした・・・。

監督:中島哲也
出演:役所広司、アヤカ・ウィルソン、妻夫木 聡、土屋アンナ、阿部サダヲ、加瀬 亮、小池栄子、劇団ひとり、山内圭哉、國村 隼、上川隆也

ラベル:魔法 病院 絵本
posted by トモ兄 at 02:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

アライブ 生還者

アライブ 生還者 2009年春公開
究極のドキュメンタリー 私たちは仲間から、命を受け継ぎました。


命の価値を問う、アンデスの72日間。見てみたい映画です。



1972年10月、世界史にその名を残し、タイタニック号の沈没やスペースシャトルの爆発にも劣らない衝撃を全世界に与えた‘アンデスの聖餐’事故。墜落死した乗客の人肉を食いつなぐことによって、氷点下の雪山で72日間を生き抜き、ついに脱出に成功した16人の生存者の事故記録と証言は世界中に好奇と理解の両方の反応によって迎えられた。当初、これを現代のカニバリズムとして捉えるものもいれば、これを神が自分たちに与えた試練だったという生存者たちの説明を歓迎するものもいた。その後、事件の詳細を綿密な調査と関係者の証言をもとに発表されたルポルタージュ作品「生存者」(P・P・リード著)が発表され、また、サバイバル映画の名作『生きてこそ』(93)の中で、事故の詳細と生存者たちの脱出に向けた過酷な戦いが描かれた。その両作品に共通して流れている熾烈な状況下における団結と友情、そして生きるための強い意思の表現は事故の真実を誠実に語るものである。

監督・脚本:ゴンサロ・アリホン
製作:マルク・シルベラ
配給:熱帯美術館/グアパ・グアポ
2009年春 アミューズCQN他全国順次公開
(c) Ethan Productions

ラベル:生還者 生き残る
posted by トモ兄 at 01:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月08日

少し疲れたら、_2

 『対決 巨匠たちの日本美術』を見るために、上野公園へ2度通いました。その時の感想は、

 蔦の細道図屏風 宗達筆は、モダンな作品。
 つまり、江戸時代(17世紀)当時のモダンという意味の
 レトロモダンではなく、
 いまに生きるハイソなモダンデザインです。

 この感想は、シンプルに交差する構図と蔦の配置やテクニックなど、純粋にデザイン的な視点で捉えたものだった。作品は、『伊勢物語』第九段「業平東下り」の場面で、蔦の細道。物語であるが人はいない。あるのは緑青の土坡と蔦が部分的に生い茂る。そして垂れ下がる蔦に文字がとけ込む。蔦は描かれていても全体的には無機質で、また道もハッキリしない。おそらく、在原業平の孤独や不安な心象風景であると思う。

 第八十二段「渚の院」では、桜を詠む。

春の心は.jpg


 この歌は知っていたが、『伊勢物語』が出典だとは知らなかった。ここで、不況の風→桜までつながった。


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ラベル: 蔦の細道
posted by トモ兄 at 20:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

少し疲れたら、_1

 少し疲れたなと思った。こういうときは、のんびりとお酒を飲むか美術書や雑誌を見るのがいい。と思いながら、すぐ側にあった美術書の頁をめくり始めた。そして、なぜか目にとまったのは、俵屋宗達 蔦の細道図屏風だった。

 不思議だったが、この屏風の解説を読み調べてみると、全く無意識だったが、これからブログでやってみたいことにつながった。
風が吹けば、何とやらに例えると
「不況の風が吹けば、ブロガーが儲かる」
最後がずいぶん違うと思うが、まだまだ初心者というかヘボというか。しかし、疲れていても意欲がでたことは確かだ。そしてこんな風につながる。

 不況の風→疲れる→お酒を飲む/絵を見る→俵屋宗達 蔦の細道図屏風→伊勢物語→在原業平→歌→桜→「桜の花が咲く頃に想うこと」(仮称)→桜日和→アフィリエイト→儲(かる)かりたい。まだ渾沌としている状態で何もできていないが、こんな風につながった。
 
 俵屋宗達 蔦の細道図屏風→「桜の花が咲く頃に想うこと」(仮称)あたりまで書いてみようと思います。


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posted by トモ兄 at 18:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月20日

とても幸せな出来事--シアター アイスショー

11月になって、知り合いから小田和正のコンサートチケットで連絡があった。小田和正はオフコース時代からのファンだったので、もちろんコンサートへ行く予定を立てとても幸せな気分になった。しかし、結局チケットは入手できなかった。今度は、映画の試写会チケットが手にはいっが、これまた都合が合わず行けなかった。
どうしてこんなに、運がついていないのだろう。

ところが…

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posted by トモ兄 at 15:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月03日

隠れファンとして、次回は?

映画と美術ファンでありたいと思っていますが、
それにしては、ほとんど見ていないので隠れファンです(^_^;
それでも最近、
琳派の作品は続けて何回か、20世紀少年はー第1章ーを見ました。
それから、続くようにまたすぐに。

琳派は、尾形光琳生誕350周年記念「大琳派展 ー継承と変奏ー」 
    2008年10月7日(火)〜11月16日(日)
    東京国立博物館 平成館[上野公園]で開催。

    [展覧会公式ホームページ]
      http://www.rinpa2008.jp/
    [プレスリリ−ス]
      「大琳派展 ー継承と変奏ー」
       ※なかなか良いです。展覧会公式ホームページで
        ダウンロードできます。

20世紀少年は、
    「20世紀少年 ー第2章ー」 新たな「終わりに」
     2009年1月31日(土)公開

    [実写映画版公式サイト(第1章)]
      http://www.20thboys.com/index.html

どうしよう?
日本人は、琳派を好きだと思います。大袈裟に(^_^;
僕もそうなので、行きたいと思っています。

さて、20世紀少年は?
邦画は久しぶりです。だから、かなり期待し映画館で見ました。
この“かなりの期待”がよくなかったのか。
ハッキリいって、微妙です。

次回についてです↓


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posted by トモ兄 at 11:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

「対決 巨匠たちの日本美術」に思うこと_2

待ちに待った展覧会だったので、より楽しむために予告編からスタートし、ネット上ではすでに鑑賞が始まった。予告編の内容は思いつくままに。最大のポイントは、なぜ日本美術の巨匠たちを対決させる必要があったのかだった。
また、お目当ては日本美術史上最高傑作の一つといわれている、長谷川等伯『松林図屏風』を鑑賞すること。
感想は、読み書き?としてまとめることにした。

◎なぜ日本美術の巨匠たちを対決させたか。

目的は、同時代で、また時代を隔てた私淑関係であっても
ライバル関係と捉えることができ、対決することによって、お互いが切磋琢磨し、新しい様式や優れて作品が生まれた。
つまり、日本美術はライバル関係で発展してきた、という高尚なテーマ。このテーマに沿いながら、日本美術の関心や理解を促進させるためのきっかけづくりが、「対決 巨匠たちの日本美術」展覧会の目的かなと思う。
しかし、それぞれの巨匠は単独でも展覧会を開ける人たちだから、ライバル関係として、1点〜数点に絞り込み、対決させ展示する方法は、野心的であるがあまりにも難しいのでないか。また、本当にライバル関係であったのか。便宜上であったのではないか。
だが一方では、一カ所の美術館で、巨匠24人の作品(国宝10余件、重要文化財約40件)を通して、日本美術史を概観できた。矛盾するが、僕は展覧会を十分に楽しめたし、今までにない魅力的で大規模な展覧会だったことは間違いないと思う。
繰り返しになるが、「対決 巨匠たちの日本美術」の目的は、日本美術のファンづくりだった。

僕なりの予告編では、なぜ巨匠を対決させたのか。
僕なりの予告編_2(追加)では、日本美術に関心はあるのか。
僕なりの予告編_3 後味と先味では、これからの展覧会のあり方は。

予告編は魅力を引きだそうというよりも、疑問点が多かった。
本編(展覧会)は、内容的にも展示方法も素晴らしかった。
作品鑑賞は、永徳vs等伯がお目当てで、大好きな宗達vs光琳を多少抑えぎみにしようと思っていたが、やはり無理だった。だから2回上野に足を運んだ。予告編の最大の疑問で、なぜ対決させたかは、高尚なテーマとして理解できたが、あえていうならば、対決というインパクトのある言葉は必要でなかったかも。日本美術を代表する仏師、絵師、陶芸に、こちら側で積極的にライバル関係として意味づけしなくても、魅力や個性は際立っている。美術では、スポーツでのライバル選手のように、対決をドキドキしながら見ることは少ないと思う。
なぜ、そこまでして強調しようとしたのか。
僕なりの予告編_2で書いたように、日本人は日本美術に対して、そこまで無関心になってしまったのかと考えた。
また、日本美術は日本人にとっても難しいイメージがある。もっと興味が湧くような紹介があっていい。予告編_3で紹介した、山口晃さんによる巨匠24人の肖像画制作は、今までになかった切り口で面白かった。自分の中の光琳像と肖像画のイメージが、なかなか一致しなかったことは、逆にとても面白かった。展覧会会場でも、似たような話しが聞こえてきたが、それはそれとして、会話は弾み十分に楽しんでいるようだった。

それから僕は、長谷川等伯『松林図屏風』と対面した。
これが、国宝の中の国宝といわれる水墨画なんだ。

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posted by トモ兄 at 21:44| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月22日

「生きてるって素晴らしい」 森山直太朗 珠玉のメッセージソング

現在位置は、東京23区/53度30分30秒 やや微風。

僕は、“生きることの大切さ”を謳う
森山直太朗「生きてることが辛いなら」と出合う。
この歌を少しでも伝ることができれば…




どんなに辛いことも、あの世まではもっていけない。
急がなくともいずれ肩の荷は降りる。
だから、それまでは一生懸命生きろ、最後は楽になる。
そんなことを教えてくれた人がいた。

森山直太朗は、いのちへのラブソングとして
静かに語りかける。
「生きてることが辛いなら」とは、
いのちのある限り、闘ってみようというメッセージ。

森山直太朗 16th Single 「生きてることが辛いなら」
試聴ができます。歌詞はここからどうぞ。
posted by トモ兄 at 13:31| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月20日

『松林図屏風』の読み書き?_一部修正

『対決 巨匠たちの日本美術』に行ってきました。

最初の感想は、もう一度観たいなと思ったことです。


会場は、東京国立博物館 平成館[上野公園]

展示会場はスペースがちょうど田の字型で、展示構成は、特別展示室 第1室(田の字の左上の口)から時計逆まわりで第2室・第3室・第4室へと続きます。その順で鑑賞すると、平安(1100年)→鎌倉→南北朝→室町→安土桃山→江戸→明治→大正→昭和(1900年)で時間を辿り、日本美術史を概観できる仕組みになっています。


僕の最大の目的は、長谷川等伯筆(国宝)『松林図屏風』を鑑賞することです。そして、言葉にできない世界を、自分なりの言葉で感想を述べることです。

つまり、『松林図屏風』の読み書き(アート・リテラシー)です。



の素晴らしいサイトが公開されています。永徳vs等伯の頁で、『松林図屏風』が観られます。



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posted by トモ兄 at 00:33| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月08日

僕なりの予告編_3 後味と先味

以前に、国宝 風神雷神図屏風 ―宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造―展覧会の予告編と感想文をブログに載せた。
このときは、後味がとても良かった。感想文はほとんどレポートに近く、図録 国宝風神雷神図屏風(編集・発行 財団法人出光美術館)を参考にした。後味とは、図録がとても出来がよく、自宅で展覧会の余韻を楽しめたことだ。

さて、『対決 巨匠たちの日本美術』はどうだろう。
後味があるなら先味があっても可笑しくない。先味は予告編(展覧会告知)であると勝手に想像する。

朝日新聞社の特別展「対決 巨匠たちの日本美術」展覧会公式サイトは、
http://www.asahi.com/kokka/


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posted by トモ兄 at 17:07| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月04日

僕なりの予告編

待ちに待った、対決ー巨匠たちの日本美術が、いよいよ7月8日より、東京・上野の東京国立博物館 平成館で始まります。

logo3.jpg

◎何が楽しみって、なぜ巨匠たちは対決するの?
 対決すると、何かいいことがあるの?
 つまり謎だらけですが、こんな大がかりな日本美術史を 
 解くようなパズルを実際に見たことがありません。
 何か解けたら、新しい感動が生まれるかもしれません。

日本美術史を彩る巨匠24人の傑作約110点が時空を超越して、東京・上野の東京国立博物館に結集。なぜか、熱いバトルは平成館で展開される。ひと夏の経験、ライバル同士が師弟関係が火花を散らす。
僕は一瞬の燦めきの中で何を感じるか。

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2008年01月17日

■風神雷神

■50歳の文化・芸術、風神雷神図屏風について、出会いをテーマにもう少し紹介したいと思います。

俵屋宗達は、本阿弥光悦に見いだされた絵師で、京都の人。桃山から江戸初期に活躍した、いわゆる琳派の祖。謎の多い人で、生没年未詳。「国宝 風神雷神図屏風」は代表作で、現在ではよく知られた作品です。
ところが、江戸時代この屏風は知られていなく、この作品を目にした事実を確認できる人物は、ただひとりの絵師です。風神雷神図屏風が描かれて7・80年近く経った江戸中期、確かにこの作品を目にした人物は、亡き宗達を慕った尾形光琳です。
尾形光琳は、[1658〜1716]江戸中期の絵師で、京都の人。初め狩野派を学び、のち光悦や宗達の作風の影響を受けます。光琳は宗達の作品と出会い感動し、作品の秘密に迫るために神々の輪郭線をトレースしながら作品を描き、二つ目の「重要文化財 風神雷神図屏風」ができることになります。時代はさらに下って江戸後期、光琳の風神雷神図屏風は江戸の地にあり、将軍の父親が所有していました。
酒井抱一は、[1761〜1828]江戸後期の絵師で、江戸の人。姫路城主酒井忠以(ただざね)の弟で、光琳の信奉者だった。抱一は、光琳の模作から一世紀ほどを経て、かつての光琳と同じように、光琳を敬慕し模作しました。これが三つ目の「風神雷神図屏風」誕生となります。

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2008年01月08日

■50歳の文化・芸術

大変印象に残った展覧会がありました。

それは、66年ぶりに一同に会した『国宝 風神雷神図屏風』展で俵屋宗達・尾形光琳・酒井抱一の風神雷神図屏風を鑑賞できたことでした。
琳派は、宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造にある。
しかし、彼らは直に手ほどきを受けていなく、師弟関係ではない。琳派の画風の継承は、後世の絵師が敬意を払いながら、模作することで受け継がれた。

光琳は宗達に、抱一は光琳に、それぞれ約1世紀の時を経て風神雷神図屏風と邂逅する。このことは、まさに発見と模作の100年物語で、先人に対する強烈なオマージュだった。そして、屏風を目の前にして、シンプルな構図と色づかいのもつ、強烈なインパクトに感動してしまった。


フリューゲル作『イカロスの墜落』は、ある人の日記で刺激され調べてみました。

『イカロスの墜落』には、父であるダイダロスは描かれてなく、イカロスの単独飛行だと思っていたが、実はダイダロスもいた。そして全てを見ていた。

『イカロスの墜落』は人間の愚かさに喩えられる。
ある人は、「リスクを取る人間につきまとう悲しさ」だと教えてくれた。
人類はイカロスの大空への憧れを継承・発展させ、多くの犠牲と失敗を重ね、ついに空を飛ぶことを実現させた。

感想は、イカロスの 蹉跌をひろい 夢翔る と記した。

絵を鑑賞することは、自分のなかでドラマが始まる。
ちょっと恋したり、元気になったり、癒されたり。
こんな経験ができたり、伝えたりできたら、

きっと、50歳から人生の黄金期なのだ。
posted by トモ兄 at 03:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする